REPORT-4

Report – 4

韓国における身体的技法について

Team D : 鬼束実里 木田夕菜 水溜友希 野間口夕琳

1. 調査テーマの決定とその理由

私達D班は、研究テーマについて何度も変更を行った。最初の研究テーマは、「日韓の受験について」であった。
しかし、班員による話し合いの過程で、全北大学と鹿児島大学が対等な比較対象にならないことや、受験戦争によってもたらされる社会問題について、自分達が想定する回答が得られないのではないかと考えた。
そこで、日本と韓国の学生で共通する部分が多いであろう学生生活での悩みに注目し、テーマ設定の変更を試みることにした。
学生生活での悩みで大部分を占めるのは人間関係ではないか、という班員の言葉により人間関係の中でも日韓共通の文化として、上下関係を表す「尊敬」に着目し、敬意を表す身体的技法について研究することにした。その後、ジョイフルでの事前調査や鹿児島県国際交流財団の韓国人職員の方へのインタビュー、留学生によるポスターセッションの観察を経て、目視で調査することの難しさを実感し、「尊敬」に限定しては十分な調査結果が得られないのではないかという結論にいたった。
度重なるテーマ変更に煮詰まっていた班員達は、先生からのアドバイスや個々の文献調査をすることで研究テーマの方向性を模索した。
こうした過程を経て、最終的な研究テーマは「韓国人の身体的技法」に変更した。日韓では身体的技法に大きな差異はないだろうと予測し、今回の調査では比較は行わないこととした。また、「尊敬」と限定しないことにより、もっと多くの身体的技法に着目して観察できるのではないかと考えた。

2. 事前調査

(1)文献調査


(ア)身体技法の定義

私達の調査における身体技法とは、M.モースが定めた「人がその身体を用いる伝統的な仕方のこと」という定義に従うものとする。「身体技法」という語を命名したのはモースであり、彼の述べる身体技法には、武道や芸能などの型、歩き方、泳ぎ方などの日常的な身のこなし、儀礼的な所作、人間同士の距離の撮り方が含まれるという。また、それらは言葉によって習得されるのではなく、その動作を行っている様子を観察し、模倣することで自然と身に付くものとも述べられている。

(イ)身体技法の分類

私たちはエクマンとフリーゼンの分類方法を参考にし、身体技法を分けることにした。エクマンとフリーゼンによると、身体動作は以下の5つに分けられるという。

A:標準(エンブレム)…はっきり意味を持つ動作
B:例示子(イラストレーター)…会話の意味内容の補足動作
C:自己適応子、他者適応子、対象適応子(物)の3つに分類される動作の方向
D:調整子(レギュレーター)…会話の流れや速さを調節
E:情緒表示(アフェクト・ディスプレイ)…感情表出・表情

このうち、Aを「しぐさ」、Bを「身振り」として身体技法を分類したうえ で、さらにCから、その動作を行う方法を自己、他者、物による3種類に区別するというものが、私達の分類方法である。

(ウ)韓国における身体技法の例

事前調査としての文献調査の過程では、韓国におけるマナー本や外国人向け日本 ガイドブック等を中心に活用した。これらは日本人、あるいは韓国人というフィルターを通して書かれたものであり、そこに日韓それぞれにおける習慣、コミュニケーションの取り方の違いが見られると考えたためである。日常生活のあらゆる場面でのルールやマナーを知ることにより、現地で重点的に調査する場所や場面の選択に役立てることができたと感じている。
ここで、文献調査で得られた韓国のマナーの一例を下に示す。

〈食事や乾杯について〉

● 一緒に食事するメンバーの中で一番の年長者がスプーンを取るのを待ってから、他の人は食事を始める。
● 先生や父親のような目上の人とお酒を飲む時は、相手の視線を避け、横向きや少し斜めの姿勢になって目立たないように飲む、または口元を隠して飲む。
● 乾杯の時には、目上の人よりも少し下げてグラスを合わせ、お酌をされたら両手で受け取るか、片手を右胸辺りに当てる。
● 目上の人から杯を渡されたときは、なるべく速やかに飲み干して変杯する。

〈コミュニケーションについて〉

● 目上の人に対しては両手で受け取り、手渡す。
● 握手をする時には、相手が目上の場合は相手が手を出す前に先に手を出さない。握手をしない方の手を胸に当て、出した手の肘あたりに添える。
● お辞儀と同時に握手をする。日本のように、お辞儀の後に握手はしない。

〈その他〉

● 目上の人の前ではタバコを吸ったり、頬杖をついたり、腕組みやあくびをしない。
● 誰か1人が支払いをするのが普通。年長者など上に立つ立場の男性は、後輩、年下、老人とつきあう場合には、費用を負担するのが普通。

(2)ジョイフルでの観察調査

韓国での調査方法が観察調査に決定した後、私達は、2017年7月19日(水)にジョイフル西鹿児島店において観察調査を行った。私達自身がこれまで観察調査を行った経験がないゆえに、現地での調査以前に身体技法を捉える練習をしておくべきだとの助言を先生方から受け、この事前調査を実施することとなった。調査場所をジョイフルに決定した理由としては、インターネット等による文献調査の段階で、敬意を示す身体技法は食事に関するものが多いと認識していたこともあり、飲食店を調査場所に設定した場合、より多くの身体技法を確認できると考えていたためである。
私達も店内で食事をしながら、周囲の来店客の様子を観察することにした。調査時間を昼に設定し、昼食を食べるために来店した学生や社会人が多く観察できると予想していたが、調査を行った13時から14時ごろまでの時間は昼休憩の時間を過ぎていたこともあり、来店する人も少なかった。また、2人以上で来店している集団を対象に、入り口や通路に近い席に座る、箸などを相手に手渡す、会計を済ませるといった行為に注目していたが、このような相手への敬意を示すと思われる動作はほとんど確認できなかった。聞こえてくる会話に耳を傾けてみても、特に敬語を相手に使っていることもなく、同僚や同級生の関係で来店している人が多数だったと判断した。
たとえ、日本人固有の敬意を示す身体技法がそこにあった場合でも、調査を行う私達自身が日本人である以上、それらは自然なものとなっており、敬意を示す身体技法として気付くことは困難だとの分析もできた。しかし、身体技法を全くと言って良いほど確認できなかった結果を受け、現地での調査への不安を感じていた。加えて、調査場所にいる人々全体を捉えるように観察するか、または観察対象を一定時間固定し、その対象の動作の経過を追っていくかのどちらの観察方法が適切なのかという、より詳しい観察方法も定まらなかった。

(3)「つばめカフェ」での観察調査の依頼と「鹿児島国際交流財団」へのインタビュー

鹿児島での事前調査であるファミリーレストランのジョイフルでの尊敬を表す身体技法の目視による調査に難航した私達は、その旨を授業の際に韓国人留学生の方に相談したところ、天文館にある「つばめカフェ」というお店で国際交流の場、日本に在住する海外の方の集まるイベントのようなものが定期的に催されていると聞き、さらに韓国の方もそのイベントに参加していると聞いたため、つばめカフェの方に調査の内容をメールで伝え、その上でインタビューができないか、イベントの様子を観察できないかというアポイントメントを取ってみた。
結果、「イベントに参加している方々への配慮を考えると、そのような他人から観察されるような状況は不安を煽ってしまうため残念だが許可できない」という内容の返事が返ってきた。しかし、鹿児島国際交流財団という組織があることを教えていただき、そこへのインタビューのアポイントメントを取ることができた。そして実際に班員の水溜と野間口の2人で鹿児島市山下町にある鹿児島国際交流財団へインタビューに向かった。
私達は、韓国から日本に来て感じた違和感について質問してみた。すると、「日本人はよく頭を下げる」「すいませんとよく言う」「食事などに誘うときに予定を聞くなどして遠回しに誘う」などの意見をいただいたが、尊敬にあたる身体的技法についてはこれといったものは無いという意見ももらい、強いて言うなら飲みの席での「目上の人から隠れるように背を向け、口元を手で隠してお酒を飲む」「乾杯の時は目上の人よりもグラスを下げる」などの身体技法があるくらいだと教えてもらった。また、逆に「日本の文化で他国と違うと思うものはあるか」と質問されてうまく答えることができなかった。
要するに、自文化の特徴についてはその国の人がいくら考えても、その特徴はその人にとって当たり前であるため気付く事ができないと言うことを諭された。
そしてついには「尊敬だけに絞って身体技法を調査するのは難しいかもしれない」という助言ももらい、いよいよ自分達の調査テーマである「尊敬を表す身体技法」に対して有意な調査結果が得られるのかという、今までもうっすらとあった不安が確信的なものになったように感じた。

(4)「鹿児島大学の留学生による日本語ポスターセッション」の観察調査

7月28日(金)には、「鹿児島大学の留学生による日本語ポスターセッション」へ足を運んだ。これは、学内のグローバルセンターが主催したイベントであり、鹿児島大学へ留学している外国人学生が、自分の国やその文化について日本語で発表するという内容のものであった。ジョイフルでの観察調査を終え、今度は観察調査を外国人にすることで、より現地での調査に近い環境で調査練習をすることができるのではと先生方から助言をいただいたため、このイベントへの参加を決定した。
発表を行う学生の出身国は様々であったが、私達は韓国人学生を中心に発表を聞くことにした。会場は広い教室、椅子や机はなく、学生が作成したポスターが掲示されているのみであった。発表する学生は十数人ほどであり、見学者は教室を自由にまわり、話を聞きたい各学生のもとへ近づき、声をかけることで彼らの発表が始まる。私達はポスターセッションが終了する30分ほど前から見学し始め、彼らの発表時の動作に加え、終了後に留学生同士で雑談する様子も観察することで、彼らの自然に近い様子をつかむ予定だった。
しかし、実際に確認できた身体技法は次に述べるごくわずかなものであった。壁側を向き、聞き手に背を向ける姿勢で発表の間に水を飲む様子や、私達聞き手と向き合う形で目を合わせながら話す様子である。韓国には、親しい関係や同級生以外の関係でない限り、正面を向いて話さないと聞いていたが、正面を避けている様子はなかった。発表後の「ありがとうございました」と共に行うお辞儀も深く、資料を手渡す時も、聞き手が見やすいよう向きを変えて両手で渡す様子もあった。日本人学生の私達から見ても、特に違和感を覚える動作は特に見受けられず、どちらかと言えば日本人の動作に近いものが確認できた。これについては、日本で学ぶにつれ、日本文化が自然と身についたか、または日本で失礼のないようにと教わったからだと考察した。

3. 調査方法の説明

調査方法は、観察調査とする。具体的には、各調査場所において目についた身体技法をメモ帳に箇条書きの形で記録し、記録用紙にまとめるというものである。記録用紙には、観察された動作とその日時、場所及び分類と方向、その他(補足)を記入する。ここでの「分類」と「方向」の項目については、先述した通り、「分類」はしぐさ、または身振り、「方向」は自己、他者、物のいずれかをそれぞれ書き入れる。加えて、写真や動画の形でも記録し、撮影したものを見直すことで、身体技法を発見する作業も行う。

△図 1 韓国で水溜君が実際に使用した記録用紙