PROGRAM-2

海外調査実習授業を通じた国際交流モデルの構築について

海外実習のポイントとなるリテラシー

海外研修全般に言えることであるが、海外研修を行いさえすえば学生の異文化への理解度が高まるというのは安易な幻想にすぎない。海外研修は、ときに異文化に対するバイアスを強化してしまうなど、本来の目的とは反対に作用してしまう危険性も有している。
一例として、筆者が2011~2014年度まで鹿児島大学共通教育で担当していた、「鹿児島大学砂漠緑化研修プログラム」(P-SEG科目)を挙げておく。本プログラムは、鹿児島大学と中国東北大学(遼寧省瀋陽市)の学生が共同して、内モンゴル東部の通遼市で夏季に植林活動を行うという内容であり、もともと本学の工学系教員が開始したプログラムを筆者が引き継ぐ形で担当したものである。植林場所は現地のモンゴル族が経営する旅行会社に船体を依頼し、植林に際しては現地住民に協力金が支払われる仕組みとなっていた。 一般に、植林活動と言えば悪いイメージを持つ学生は皆無である。むろん筆者が引率した鹿児島大学の学生も、そして中国東北大学の学生も、当人たちは「良いことをした」という強い満足感を得ていた。しかし、その中でただ一人、筆者だけが非常に複雑な感情を抱いていた。
学生たちが植林活動をしたホルチン左翼後旗は、内モンゴル東部でも有数の砂漠化が進行している地帯であることは間違いない。ただし、問題はその原因である。一般に、牧畜地域での砂漠化といえば過放牧、つまり牧畜民が牧草の再生力を超えた家畜を放牧することに原因が求められがちである。内モンゴル東部において、その理解は一面では正しく、一面では誤っている。というのも、内モンゴル東部における過放牧は、家畜の増加以前に牧地の減少が大きく関係しているからである。歴史的に、内モンゴル東部へは漢族の農民が移民として流入し、農地の開墾を続けてきたが、それがピークに達するのは1950~1960年代にかけてであった。農地の増大は牧地の減少を意味する。しかも、開墾に適した場所は牧地としても草生が良好な場所であり、牧畜民は条件の悪い牧地に撤退を強いられた。
実際、上述の砂漠緑化研修プログラムで植林を行った場所は、整地の痕跡や周辺に存在した畑地の存在から類推して、耕作放棄地と理解すべき場所であった。ただし両校の学生にすれば、モンゴル族村落の近辺にある牧草地風の場所として理解されており、持続性を考えない過放牧による砂漠化で困窮した牧畜民の手助けをボランティアで行った記憶として定着していることは想像に難くない。なお、中国の政府レベルでも同様の言説が流布されており、その意味では中国の国内問題である漢族=モンゴル族の民族間対立の片方(マジョリティ側)に日本人学生が図らずも加担する構図となってしまっている。

さらに内モンゴルのような乾燥地では、植林そのものが水循環のバランスを崩す可能性すらある。樹木が活着すれば根から地下水をくみ上げ、水蒸気を蒸散する。水が絶対的に不足している乾燥地では、樹木が存在しなければ別の用途に振り向けられていた水分を奪い取ることを意味してしまう。さらに、現地には地下深くの水を採取するモーター井戸が多数掘られており、植林後の樹木にも井戸水が散水されていた。乾燥地では地下水の涵養に長期の時間がかかるため、深井戸を使った地下水への依存は持続的ではないとされている。つまり植林自体、学生たちが無邪気に認識しているような無条件の善行とは言えない。現地住民は「もっと植林したかった」という学生の意見とは異なり、むしろ植林面積の抑制に気を使っている様子が散見された。
もちろん、筆者がこうした認識を持ちうるのは、モンゴル研究者ゆえに歴史的事情を熟知し、またモンゴル語でのコミュニケーションによって漢語では語られない、本音に近いレベルの認識へのアクセスができる、つまり牧畜民側の状況に関するリテラシーが高いためである。なおここでいうリテラシーとは、単なる言語運用能力のみならず、現地の実情に対する気づきの能力を指している。内モンゴルの牧畜民は、モンゴル族であっても漢語は使えるのが一般的である。その意味で、東北大学の学生には現地での言語運用能力はある程度備わっているが、中国では内モンゴルの開墾の歴史やそれに伴う民族間対立などについて、一般の大学生が学ぶ機会は皆無である。
もちろん、学生のリテラシーが低いことは当然である。筆者の場合、プロの文化人類学者になるために大学院へ通い、さらに2年半モンゴルで生活した経験を持っているのだから、内モンゴルの事情は熟知していて当然である。また韓国においても、歴史や文化、言語面において学生とは比較にならない多くの参照点を有しているため、現地で何かを発見するには圧倒的に有利な立場にある。海外研修においては、学生の異文化へのリテラシーを向上させることが期待されるが、現地1週間と各期1コマずつの事前・事後指導でプロに比肩する能力が獲得できるわけもない。そこで問題となるのは、学生のリテラシーの現状を踏まえた上で、伸ばすべきポイントを明確に設定することである。
本実習において、筆者がリテラシーの問題を認識する契機となったのは、実習を継続実施する過程で、「異文化を教えること」の矛盾を認識し始めたことであった。筆者は文化人類学者として、「韓国の文化は××だ」的な定型化された「文化」ではなく、自分なりの異文化理解に到達するための技法を教えたいという希望を持っている。それは自分自身が文化人類学者として、フィールド経験を通じて既存の異文化理解を批判的に検討し、ある程度それを修正することに成功してきたと自負しており、専門家を目指すわけではない学部学生においても、批判的な思考力は市民教育として不可欠であると考えているためである。そして異文化との接触経験は、うまく使えば、それまで自分が漠然と抱いていた異文化像を批判的に検討する好機となりうる。
すでに述べたように、現場で同じものが見えていても、引率教員と学生が同じ認識を共有しているとは限らない。むしろ、気づきの時点でプロと学生の間には圧倒的な懸隔が存在してしまうのが現実である。しかし、教員が気づき、学生が気づいていないことを現場で解説することを繰り返していては、学生自らが独力で何かを気づけるようにはならないのが現実である。後述するように、むしろ教員と同レベルの認識を学生に求めることを止めてでも、学生自身が何かを発見できるよう、教員が事前学習を通じて誘導しておく方が望ましい。ここが実習設計上の重要なポイントとなる。

さらに、異文化経験の過程において両国の学生同士で交流を深めるようなプログラム設計にすることができれば、単なる技術獲得以上の効果が見込める。文化人類学における現地調査では、調査以前のプロセスとして、現地の人々とのラポール構築、つまり交流と信頼関係の形成が不可欠な課題となる。時には外国の「専門家」と現地の「一般の人々」という関係構築の非対称性が「情報の収奪」として糾弾されることがあることも事実であるが、本実習においては学生同士が関係構築を行うため、結果として関係の対称性の確保もできるというメリットが存在する。
現在、本実習は学生の移動についても双方向的に実施しており、その点でも対称性を確保している。すなわち、夏季(8月)には鹿児島大学の学生が全州を訪問する一方で、冬季(翌1月)には全北大学校の学生が鹿児島を訪問し、同様のプロセスで共同調査を実施する体制が2015年度より継続している。筆者の個人的な印象であるが、現在、東アジアにおいては韓国のほか、台湾、中国大陸沿海部、香港、マカオといった地域と日本の間では、こうした双方向的な交流が実施可能となっているのではなかろうか。 本実習では現在、教員が現地で解説をする機会は極力避けるように設計している。というのも、教員が親心で「深い理解」を提示してしまうと弊害が発生するためである。理解そのものの深さをある程度犠牲にしても、現地では学生自身が理解に到達するプロセス、言い換えればリテラシーの向上を最優先している。同時に、学生自身が主体的に問題を発見・解決することを促すことで、両国の学生同士のコミュニケーションが活発化し、国際交流としても望ましい状況となることが経験上、判明している。むろん、学生が韓国について何も知らない、いわば白紙の状態で現地を訪問する方が良いというわけではない。ただし、現地で説明するよりも、また事前に韓国に関する概説的な講義などを行って説明しておくよりも、学生たちが知りたいテーマやデータ収集のイメージを具体化しておき、現地では進捗状況の確認や問題解決へのアドバイスにとどめておく方が、現状では効果的であると考えている。教員の主たる役割は、学生が直面するだろう調査上の問題点を事前学習の時点で予想し、ときに方向転換を促すことで学生の実習活動が破綻しない程度にコントロールすることである。
一方、事後指導において重視すべきは、学部卒業までの指導プロセスへの位置づけである。本実習は、学部2年生を主たる対象としている。鹿児島大学法文学部では、1年生は共通教育科目の履修が中心となるため、2年生は学部の専門科目を本格的に履修し始める時期となっている。一方、ゼミ指導教員は3年生進級時に正式に決定されるため、2年生は漠然と興味を持った分野を試してみる時期として位置付けられる。鹿児島大学法文学部は卒業要件として卒業論文の提出を義務付けているため、4年生の段階で水準を満たす卒業論文を執筆できるだけの能力を体得している必要が生じる。
文化人類学ゼミ所属生は、「テーマ設定が明確であるか」「調査内容とテーマが連関しているか」「データが適切に分析されているか」等の基準で卒業論文が評価されるため、自分で社会調査を設計し、適宜テーマ等を修正しつつデータを収集し、分析結果を論理的な文章に示すことが求められる。対象の他者性が強く、質的研究を重視する文化人類学的研究では、単純な仮説検証型アプローチを採用することは稀であるため、調査テーマは調査を進行させながら微修正を繰り返し、焦点を明確化することが求められる。無論、短期の海外研修では調査テーマのチューニングをするほどの余裕はない。そのため、帰国後の事後指導においては、本実習で何がわかったのかを報告書作成や口頭のプレゼンテーション作成を通じて明確化するとともに、可能であればどのように修正すべきであったのかを自覚することで、来るべき卒論作成時の調査に向けた教訓としてもらうことが主題となる。 こうした振り返りや修正案の作成に際し、学生同士の恒常的な関係性は非常に大きな手助けとなる。現在、学生同士では現地の連絡手段としてSNSを活用しており、帰国後も適宜連絡を取り合い、補足的なデータ収集や意見交換に利用している。こうした状況はほぼすべての学生がスマートフォンを所有するようになった近年の社会的変化の産物であり、引率教員の能力を超えた次元での事象ではあるが、両国の学生同士が少なくとも現地で、可能であれば事前に、自主的にSNSを利用して連絡を取り合わなければならない状況を創出することは引率教員の義務であろう。事前連絡については2017年度の場合、全北大学校から鹿児島大学へ短期留学に来ていた学生が前年度の実習メンバーであったという事情により容易に実現できたが、そうでなくともインターネットを使ったビデオ通話等の手段を介することでも実現可能であろうかと思われる。
現在、本実習では両国の学生で10名程度のグループを作成し、各グループが事前に設定した調査テーマに基づき、それぞれの場所や方法で社会調査を実施させている。現地での教員の役割は基本的に、各グループの実施状況をチェックし、適宜アドバイスを与えることと、会計管理やチケット確保、団体行動時の引率といった管理業務に限定されている。