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海外調査実習授業を通じた国際交流モデルの構築について

海外調査実習授業の概要

本稿の目的は、鹿児島大学法文学部の授業科目として実施している海外調査実習である「文化人類学実習」を例として、現時点でベストと思われる海外調査実習授業を通じた国際交流モデルの構築方法について検討することにある。なお、ここで想定している国際交流の主体は、後で詳述するように調査実習の授業に参加する日韓の大学生である。
さて、ここで紹介する実習授業はその名称通り、大学の学部教育において文化人類学的な社会調査経験を目的として開講されている。2017年度現在、本実習は以下のような構成で行われている。
期間的には夏休みの夏季集中講義として開講され、韓国滞在は5-7日間である。2015-17年に関しては、暑さのピークを避け、さらに韓国の大学で新学期が始まる直前である8月末に実施した。本実習の海外研修部分は夏季集中講義であるが、それに加えて事前学習として前期に週1コマ、事後学習として後期に週1コマの授業が別途開講されている。本実習を履修する学生は事前学習と事後学習の履修が義務付けられているため、実際には1年間を通じて学習を進めることになる。
シラバスに掲げえている。学修目標は、1)現地調査の実施計画が立てられる、2)社会調査に必要な一連のスキルを体得する、3)異文化における社会調査を実施する、4)異文化について包括的に理解する、の4点である。国際交流も本実習の大きな目標ではあるが、専門科目の授業という関係上、技能面での達成を前面に出した位置づけとなっている。ただし後述するように、実習のプログラム構成上、参加学生にとって国際交流は不可避な要素として組み込まれている。
2017年度現在、韓国での実習は全羅北道全州市に全日程滞在し、全北大学校人文大学の学生と共同で社会調査に関する一連の作業を行っている。訪問場所の変遷については後で詳述するが、現状ではホスト側の学生が土地勘を有する場所で実施する方が、実習としても国際交流としても高い効果が見込まれると判断している。
なお、鹿児島から全州への直線距離は600km未満であるが、現地へのアクセスとしては鹿児島=仁川間の1時間半のフライトに加え、仁川=全州間の高速バスが3時間半かかり、実質的に半日行程となる。実習に参加する学生は例年20名程度であり、鹿児島大学から2名の教員が引率者として全行程に同行している。
以上、現在の文化人類学実習の実施概要を紹介したが、本実習は開設当初から海外研修を念頭に置いていたわけではない。本実習は1997年に行われた鹿児島大学法文学部の改組により、文化人類学を専門とする教員が教養部から法文学部へ移籍したことに伴い開設されたものである。それ以前、法文学部には博物館学芸員養成を念頭に置いた民俗学の実習授業は設置されており、当時の授業担当者によれば、民俗学と同じ実験系の講座に配置された文化人類学分野でも実習授業の開設が求められたという。
ただし、当時は海外での研修授業は極めて少ない状態であり、他大学の文化人類学教室が実施する実習授業も国内で実施されていたこともあり、実施先は必然的に国内が選択された。また、本実習は民俗学の実習を準拠枠として開設されたため、開設当初より報告書作成を目的とした事後指導的な授業は存在した。なお、筆者が1990年代前半に学部生として在籍していた東京大学教養学部の文化人類学教室では、社会調査実習の授業は国内で行われており、事前指導・事後指導的な授業は存在しなかった。
本実習が海外での実施にシフトしたのは2006年のことであった。2000年以降、鹿児島大学を含む各大学で海外研修授業が盛んになり始め、海外研修を行う制度的なハードルが低くなってきたことが直接的な原因ではあるが、実施者としての海外実習化の動機としては、異文化理解を教えているはずの文化人類学者が実習先として選択している地域は異文化度が高くはない、というジレンマの自覚が存在した。
無論、国内の実習先であってもそこに異文化を見出すことは可能である。しかし、そもそも本格的な異文化を経験したことのない学生にとっては、そもそも異文化とは何かという経験的な理解が欠如しており、そうした状況下で学生に国内の実習で異文化を見出せと要求するのは至難の業である。こうした背景および、海外実習では言語的なハードルにより、従来的な聞き取り調査をメインとすることは難しいと判断し、海外実習の目標は「異文化の存在を経験的に理解すること」とした。
海外で学生実習を行うには、現地カウンターパートの存在が不可欠となる。海外実習のメリットかつデメリットとして、言語の問題が第一に挙げられる。話し言葉が通じない、あるいは読めない文字が街にあふれているという状況は、異文化の最もわかりやすい例であり、異文化の存在を経験的に理解する機会提供としては格好の条件となる。だが一方で、必ずしも第2外国語で韓国語を習得していない学生を韓国に連れて行けば、コミュニケーションが困難であるため単に調査実習として支障が発生するだけでなく、生活面などサバイバビリティにも影響する可能性がある。

それゆえ、近年文化人類学者が学生を海外研修に引率する事例が増えているものの、多くは引率者が言語や文化を熟知した自らのフィールドに連れて行き、引率者たる文化人類学者が解説や通訳などをもっぱら一人で負担するという事例が多いようである(Cf. JOELN(大学教育における「海外体験学習」研究会)2017年度年次大会での報告内容、子島・藤原(編)(2017))。また、日本の文化人類学者の調査フィールドは往々にして日本から遠く離れ、アクセスが不便な場所に存在する。実際、筆者自身のフィールドはモンゴル国や中国内モンゴル自治区に存在し、試験的に現地で実習を実施した経験もあるが、所要時間や費用だけでなく、引率者の業務量や学生のサバイバビリティ面における困難性など多数の問題に直面し、正規の授業科目として継続実施するには関係者の負担が大きすぎるというのが正直な感想であった。
一方、韓国での調査実習は、モンゴル専門家から見れば「適度な異文化」である。むろん、それは環境面での類似性のみならず、日本の植民地支配といった歴史的経緯ゆえにもたらされた類似性にも起因しているのであるが、そうした教員の解説を必要とするレベル以前の問題として、言語を介さない局面(例:店舗、交通機関)でのサバイバビリティの高さや治安の良さは引率者としても学生としても大きな安心材料となる。さらに、本実習のカウンターパートである全北大学校人文大学は、単に鹿児島大学の学術交流協定校であり、かつ日本学科を有するという外形的な好条件を備えていたのみならず、日本学科の担当者イム・キョンテク教授は筆者にとって文化人類学教室の先輩であり、当方の手法や方向性を理解しているという意味でも、学生同士の交流が可能な理想的提携先であった。
イム・キョンテク教授によれば、当時は日本学科の学生に日本語を使用させる機会を確保したいと考えており、筆者らの研修グループは、相手が同世代の日本人学生ということもあるため実質的な交流も期待でき、格好の提携先の出現と捉えていたという。
また本実習は、鹿児島大学全体の文脈では、P-SEG(進取の精神グローバル人材育成プログラム)の一部を構成している。P-SEGは、主として鹿児島大学の共通教育(低学年向け一般教養等の授業)で実施されている海外研修授業および異文化理解教育の総称である。本実習は、P-SEGの中では、共通教育で行っている海外研修の上級編として位置づけられており、より専門的な内容を伴う研修の実施が期待されている。